はじめに

この記事では、現代美術の展覧会として国立国際美術館で開催された「線表現の可能性」について、その展示内容をまとめるとともに、展示されていた作品の中でゲルハルト・リヒターの《STRIP(926-6)》を取り上げ、その視覚体験と、18世紀以降に登場する「崇高」さとの関係について考える。また、展示については、線表現として展示が少なかったアクション・ペインティングによる作品や、アンフォルメルの作品についてとの対比から、本展示の特徴について考える。

展示の内容について

大阪の国立国際美術館で開催された「線表現の可能性」は、線の表現に焦点を当てた展示で、線描画の持つ可能性と表現の多様性を探究するものである。とくに下絵やデッサンのような、これまで絵画の補助的な役割を果たしてきたものが、20世紀以降、抽象絵画の発展とともにその価値を認められるようになり、表現が多様化されてきた時系列的な背景を紹介するものでもある。

展覧会は4章で構成されており、第1章の「線の動き、またはその痕跡」では、ある作品のために制作されたドローイングなどが中心に展示され、制作プロセスや、意図や作品全体の構成を伝えるための要素としての線表現を、作家ごとに見ることができる。

第2章の「物語る線たち」では、作品の要素としての線表現が際立つ。第1章で紹介されたドローイングとしての線表現が絵画の中に侵入することで、新しい解釈や物語が立ち上がってくるような構成で、下絵としての線表現の特性を生かした作品が中心に並んだ。

第3章の「直線による構成」では直線的な表現を用いた作品が、より直接的に視覚体験を提供していた。幾何学的が表現として理解される直線は、近代以降の抽象主義によく見られる表現だが、まさにその流れを汲んだ構成となっている。

第4章の「線と立体」では、第3章での平面的な構成から、立体的な作品へと展開する様子が理解できる。

このように展覧会として、時系列的に変化してきた線表現の特徴が、作品の要素としてどう使われてきたかが理解できる構成であったと言える。

関心を持った作品について

この展覧会の中で特に気になった作品にゲルハルト・リヒターの《STRIP(926-6)》がある。この作品は同作品をデジタルスキャンして、縦方向に2分割した後、分割したイメージをさらに同じ方向に2分割することで作られた作品で、それによって多様な色彩が、水平方向に長く伸びているような作品である。

この作品について、実際に観賞して気づいたこととして、遠くから見た時と近くから見た時とで作品の印象が変化することが挙げられるだろう。この作品は遠くから見ると、なにか速さのようなものを感じる作品である。乗り物に乗っているときに、周りの景色が高速に移り変わっていく様子や、SF映画でタイムトラベルするときの、あの異空間を思わせる。

しかし、作品を近くで観賞すると、速さというよりはむしろ空間が歪んでいくような感覚、そこから不安を感じた。これは、自分の視界の両端まで作品が映り込むことで、その水平的な表現がさらに横に伸びていくような、ある種の錯覚がそう思わせると考えられる。

近くで観賞することによる、同様の性質を持つものとしては、18世紀以降に戦後アメリカで登場した「崇高(サブライム)」という概念が挙げられる。

美と対になる概念として捉えられてきたこの概念は、美としての対象の小ささや柔和さと対比するように、対象の巨大さやおそろしさを示すものである。まさにそれらの作品と類似するように近づいたときに感じられる不安は、その傾向が認められるとともに、幾何学的な直線表現によってより近代的な印象を与える。

展覧会を見て考えたこと

この展覧会を通して鑑賞者に伝わってくるのは、表現されるために引かれた線表現の変遷であり、比較的直線的で繊細な作品が多かった。それらと対応するものとして、アクションペインティングによる偶然性を利用した描き方や、アンフォルメルのような激しく太い表現があるが、そういった作品は少なかったように思われる。これは展覧会の特徴として、表現の中のメディウムについて整理するものであり、近代芸術に発生した、フォルムからマチエールへの価値転換という構造変化そのものを捉えるものではないからであると考えられる。

おわりに

ここまで展覧会の構成、またリヒターの作品から「崇高(サブライム)」との関係。さらに線表現とアクション・ペインティング等の関係から、本展覧会の特徴について考えてきた。

時系列的には『アンフォルメル以後』でも示されるように、抽象の行き詰まりから構造自体の変化、線表現で言うと、前述のアクション・ペインティングなどが登場するが、すべてが線的に移行しているわけではないことが、よく理解できる展覧会である。

近代の主張も、現代の作家によって様々に再解釈され、表現として迫って来る。構造としての真新しさはないかもしれないが、逆に共通していることが差異を際立たせ、その時代を映し出す効果を発揮していると言えるだろう。