みどりは誰が好きなのか問題

僕の大好きなアニメ作品に「たまこまーけっと」という作品があります。

2013年にテレビアニメ、また2014年にアニメ映画「たまこラブストーリー」が公開され、京都アニメーション作品の中でも高い人気を誇っています。

この作品の魅力の一つはキャラクターそれぞれの心理描写。それぞれが悩みを抱えつつも、明るく前に進んでいこうとする過程をポップに描いています。

その細やかさゆえに多くの視聴者が気になったのは、主人公である北白川たまこの同級生、常盤みどりの恋について。

検索エンジンで「たまこまーけっと みどり」と入れると、後ろに「百合」という予測が出てくるように、作中ではみどりがたまこを意識する描写が何度か描かれます。

しかし「百合」という表現に違和感を感じ、もう少し考えてみることにしました。

「好き」ってなに?

考えていて真っ先に思い出したのは、テレビで椎名林檎さんと対談した際の西加奈子さんの発言。

(以下、西加奈子さんの発言)

男の子の気持ちになる瞬間がすごく多くて、作家の友達とか女の子でも「メッチャ好きやわこの子のこと」と思って。"友だち"だけじゃないというか、友だち以上の気持ちがあるけど、今んとこそれを表す日本語が「友だち以上恋人未満」っていうまさかのダサい言葉しかなくて。しかもそういう話してると、「好き好きって言ってるけどじゃあセックスできるの?」って言われる。例えば男女の友情でも「じゃあセックスを考えてないと言えるの?」とか。もう「セックスのカードどんだけ強いねん」ていう。それがすごい嫌で。ー「SWITCHインタビュー達人たち」より

西加奈子さんは「今それを(小説に)書きたい」とも語っており、小説「i」にも近いことが書かれています。

ミナといると嬉しかった。いつまででも一緒にいたかったし、ミナのためならなんだってしたかった。生まれて初めてできた親友だからそう思うのだろうか。それとも、みんなが夢中になるあの恋からくるものなのか。ー西加奈子「i」より

「たまこまーけっと」と「i」(の参照部分)に共通しているのは、これが思春期(?)特有の「性の自覚」であること。自分のアイデンティティを形作るためにとても大切なことだと思います。

登場人物たちがそれぞれ悩んでいる様を自然に、そしてしっかりと描けているからこそ、青春群像劇として視聴者の心をひくのだと思います。

心の動きが少しずつ自分を作っていく

前述の通り、西加奈子さんが作家になってからも悩んでいることや、現代において「LGBTQ」の概念が急速に広まっていることから、大人になってからも悩み続ける普遍的な問題であるのかもしれません。

アニメや小説などに描かれる綺麗なものでなくても、恋愛、勉強、人間関係など、学生時代に感じた心の動きそのものが、それぞれの青春であると思います。

最後に常盤みどりのキャラクターソングから一節。

ごちゃまぜ わからないキモチ言葉にできないよ 手さぐりいつかは 大人になるけれどいつまでも ここで 守ってあげるねきまぐれかな 少しだけ 悩んでいるの?小さなひみつ 私だけは 分かるよあいまい 名前もないキモチそっと 近づいて また遠くなるー金子有希【常盤みどり】「Girlfriend」より

この思考を通して改めて、僕はこの歌詞がいっそう、キラキラと輝いて見えるのでした。